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2020年11月18日
地域情報

新見南吉のふるさと岩滑地区(半田市)

弊社の乙川大規模分譲地のある乙川地区から西に車で10分ほど走った場所が岩滑(やなべ)地区です。

ここは、『新美南吉のふるさと』と呼ばれています。

新美 南吉は、日本の児童文学作家です。

本名は新美 正八(旧姓:渡邊)。愛知県半田市出身。雑誌『赤い鳥』出身の作家の一人であり、彼の代表作『ごん狐』はこの雑誌に掲載されました。

結核により29歳の若さで亡くなったため、作品数は多くありません。童話の他に童謡、詩、短歌、俳句や戯曲も残しています。

今日は、岩滑ガイドマップに載っている場所を散策しましたのでご紹介します。

ちなみに、お昼は近くのつれづれさんで海鮮丼をいただきました。

南吉の家(生家)

新見南吉は、大正2年7月30日、父渡辺多蔵、母りゑの次男としてこの家で生まれました。

この場所は、知多半島を縦断する街道が交差する場所に位置し、付近には常夜灯や石の道標も残っています。

家屋は傾斜地に建てられ、表からみると平屋建てですが、裏へ回ると二階建てになっています。向かって右側が多蔵の営む畳屋で、左側はりゑが亡くなった後、後妻としてやってきた志んの下駄屋でした。下駄屋の土間から階段を降りると勝手場があり、家族は左手の小間で食事をしていました。

また、この家は童話『狐』や小説『雀』『帰郷』に描かれています。戦後、人手に渡っていましたが、半田市が購入し、当時のままに復元して昭和62年から公開しています。

岩滑八幡社

戦国時代に岩滑の領主だった中山氏が武勇の神である応神天皇を祀り八幡社にしましたが、もとは伊勢神宮を総本社とする神明社でした。

四月上旬に行われる祭礼では、今も二輌の山車が曳き廻され、人形三番叟や神子舞いが演じられます。

常福院

永禄年間(1558~70年)、徳川家康の叔父で岩滑城主の中山勝時によって創建された浄土宗西山派の寺院です。

山号は甲城山。境内もしくはその西側一帯が城址で、境内の大ソテツは中山氏の家老が植えたと伝えられます。

新見南吉記念館

新美南吉記念館は、愛知県半田市出身の児童文学者・新美南吉の顕彰を目的に、 半田市によって平成6年に設立された建物です。南吉文学の世界を生涯とともに紹介しているほか、自筆原稿、日記、手紙のほか、童話の世界をジオラマを展示しています。 

この記事を書いた人
堀田 秀隆 ホッタ ヒデタカ
堀田 秀隆
元々は、某トヨタ系企業に就職した技術者でしたが、某ハウスメーカーで営業を、設計事務所で設計を学び、弊社では分譲住宅の設計・施工・現場管理をした後、現在の不動産営業をしております。 この仕事はつくづく「人生相談」に似ていると実感してます。私の経験・知識・人脈をフル動員して皆様のご相談に乗らせていただき、安心したお取引が出来るように全力で頑張ります。
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